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風雲かっちん丸




尾張の馬鹿殿と評判の若き信長のもとに駿河の大大名の今川義元の上洛の大軍勢侵攻の知らせが届き信長は家臣たちを集め評定を開いた。

織田信長 : 今川の大軍が尾張に押し寄せてくるとの知らせが届いた。
       誰か奇策があれば申し述べよ。
木下藤吉郎 : 今川義元の本陣に奇襲攻撃をかけてみてはいかがでしょうか
柴田勝家 : 足軽猿めが何を申すか !今川本陣にたどり着く前に全滅となること必定である。
かっちん丸 : 敵は油断しているはず、木下殿の意見を採用されてはいかがでしょうか
織田信長 : よし、わかった! 猿の意見を採用いたす。諸ども、出陣だ! ワシの後に続け !


こうして信長の軍勢は尾張に侵攻した今川義元を桶狭間に奇襲し義元の首を討ち取り尾張に凱旋した。


木下藤吉郎 : 信長様に拙者の意見を勧めてもらい感謝いたす。
かっちん丸 : いや、それは木下殿の天性の天下人の器の賜物です。
木下藤吉郎 : そのように褒めてもらうと嘘でも嬉しいでござる。
かっちん丸 : あっ ! あそこにいるのは殿の妹君、絶世の美女、市姫さまだ !
        市姫がこちらを見つめていますぞ !
木下藤吉郎 :  なになに・・・・市姫様 ! ・・・・・どこ!? どこ!?・・・・
かっちん丸 : わぁ〜い !  嘘だよ ! かつがれた藤吉郎殿の顔が紅いですぞ !

   ちょうどそこへ織田信長さまが市姫を連れてひょっこり現れた。

織田信長 : お前たち市を嫁にもらうつもりはないか? 遠慮はいらぬぞ
かっちん丸 : 殿 ! 藤吉郎 殿が姫さまにホの字のようです !
織田信長 :  なになに、猿めが市に惚れていると申すのか!?
木下藤吉郎 : これ! かっちん丸、殿に余計なことを申す出ないぞよ。
        殿、めっそうもありません !
かっちん丸 : 藤吉郎 殿にその気がないなら拙者が姫をもらい受けましょう !

       (突然、木下藤吉郎の顔が真っ青になった。)

織田信長 : アハハハ・・・冗談だ!  市はお前たちにはやらない。
かっちん丸 :  殿 ! われわれをからかうなんて殿も冗談がきついです !
         では、市姫さまをどこへ嫁がせるのですか?
織田信長 :  浅井長政に嫁がせることにした !
かっちん丸 :  浅井長政 ! ?・・・・ そんなの嫌だ〜い ! 
織田信長 :  ならば訊ねるが、浅井長政よりいい男がいるのか?
かっちん丸 :  はい、いますとも ! 今、人気の小泉総理よりも !
織田信長 :  一体誰だ!?
かっちん丸 :  しからば申し上げます。 それは・・・・・か・・っ・・
         かっちん丸です!
織田信長 :  無礼者 !  余をたぶかるとは直ちに手討ちにいたす !
かっちん丸 :  死ぬのは嫌だ ! 誰か助けてくれ !

         市姫さま !

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
信長の勘気にふれた、かっちん丸の運命は !?
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惑 星 ケ ロ ン


故郷の地球を飛び立って、もうどの位時間が経過しただろうか? 俺は漆黒の広大な宇宙を孤独に旅している。
パイロット訓練学校卒業後すぐに地球連邦の特別チームに加わりフロリダ沖の発射台から宇宙の知的生命体を求めて飛び立った。
地球時間2008年7月18日午前8時14分のことだった。
我々クルー6人を載せたロケット−ジュピターは地球引力圏を離れ最初の観測点の木星に向かい、木星の引力を利用して加速し
太陽系を離れ漆黒の宇宙はるか遠くの知的生命体の電波の発信地の白鳥座近くのYX星を目指して長い旅の途中にある。
俺の名は原田一平と云い、この6人のクルーで一番若く20歳で俺は日本人としてただ一人参加している。
クルーを紹介しょう。このジュピターの船長のジョン大佐、通信士ポール少尉、操縦士スミス中尉、コンピュータ技師レオン少尉
ただ一人女性クルーである生物博士のミライア少尉それに俺である。
俺の仕事はレオンと同じコンピュータ担当だが体力に任せて何でも屋と言った方が正しいかもしれない。
クルー全員は長旅で体力と食料の節約の為、冬眠カプセルに入り眠っている状態だ。
クルーが冬眠中はジュピターの頭脳であるメインコンピュータの愛称「ボイス」が運行を仕切っている。
ボイスの指揮下で2台のロボット「ピータ」と「VT8」がアシスタントとして働いている。
クルーが冬眠中の間、ボイスが地球と交信し続けている。ジュピターは間もなく木星接近軌道に入った。
漆黒の宇宙にイオウのガスを噴出する火山活動盛んな木星の衛星イオ、エウロパ、ガニメデなどが大きく見える。
なかでもエウロパは他の衛星と際だった特徴を持っていて大気が存在するようだ。
太陽から遠く離れているにもかかわらず木星の地場の影響でそれほど凍り付いていないようだ。
ジュピターから観測衛星がエウロパに向けて発射された。その分厚い大気の下に海が存在しそうなデータが送られてきた。
だが、生命の痕跡を呈するデータはなかった。
エウロパは大変興味深い衛星であるが、今回の旅の目的のYX星に向けて進路をとった。
ジュピターは強力な木星の引力をバネにして推力を加速し太陽系離脱軌道に入った。
事実状、地球との交信が出来なくなった。地球を離れて、もうどの位時間が経過しただろうか?
地球にいる家族や友人みんなはどうしているだろうか? この狭いカプセルの中にいると孤独と不安が頭をよぎるのである。
突然、俺のカプセルだけが開き俺は寒さで震えながらスーツを身に着けた。他のクルーはカプセルの中で冬眠中である。
「MR.HARADAお目覚めはいかがですか?」 ボイスが俺に愛嬌たっぷりに挨拶した。
「突然あなたを起こして申し訳ありません。実はちょっとトラブルが発生したものですから・・」
「アンテナとレーダーが故障したようです。YX星への航行に多少支障があるかもしれません」
「船外に出てアンテナの修理をしてみる。工具はVT8に持たせてくれ」
俺とVT8は命綱を巻き付けジュピターの壁面に沿って最後尾のアンテナへ向かった。
宇宙塵による小さな傷があるけれど損傷と言えるものではないし測定器のデータは正常に機能している。
船内に入りボイスに異常のないことを伝えた。
「MR.HARADAお疲れさまでした。アンテナは正常に戻りましたが今度は酸素タンクが異常減圧しています」
俺は再び宇宙服に着替えて船外に出て酸素タンクのあるジュピターの左側面のパネルを点検したが異常なかった。
どうやら故障しているのはメインコンピュータのボイスの方らしい。
「ボイス・・パネルは正常だ。船に戻るからハッチを開けてくれ。ボイス聞こえてるか応答しろ」
ボイスからの応答は無く、ハッチが開かない。俺は船体横の非常コックを手動で開けてようやく船内に入った。
船内に入ると驚いたことにクルーの冬眠カプセルの生命維持装置が切られていた。
クルーは全員死亡してしまっている。俺は怒ってメインコンピュータ「ボイス」の電源パネルを切断しに
コントロールボックスに向かい電源パネルをこじ開けメモリー基盤を1枚ずつ取り外しにかかった。
「MR.HARADAお願いですから止めてください」 ボイスは悲鳴をあげるなりの声がだんだんと、か細くなってきた。
ついにボイスは機能を停止した。船内は俺と2台のロボットだけとなってしまった。
ジュピターは目的地YX星へ向けて順調に飛行している。俺は暫く深い眠りについた。
長い旅から無事に地球に帰還したら、家族、友達はもういないだろうな。俺は夢を見ている。
生き甲斐を見いだせなくなった憂鬱が心をより暗黒な世界へと俺を追い立てた。
月のような暗黒の穴は巨大な天の圧搾機のようで俺と同様な人間どもを異次元の世界に突き落としている。
動物には憂鬱や生を耐えるという意識なんかないのかもしれない。生への不安という認識は人間特有のものであろう。
だからといってそれでもって生への耐え難さは少しも軽減されはしないのだが。
宇宙にぽっかり空いた穴は憂鬱と暗い思考の源泉、俺のあらゆる醜さと失望との源泉なのだ。
人間は死と隣り合わせに実に脆い肉体を持った動物である。
人間はこの宇宙で最も小さな存在である。
こうして宇宙を旅していると死と生を絶えず意識させ人間の意識の中にある本能を呼び覚ます。
あれからどの位眠り続けただろうか?
激しい衝撃で俺は目が醒めた。気がつくと船は見慣れない星に不時着していた。
ボロボロになったジュピターから2台のロボットを連れて、この星の大地に足を踏んだ。
ロボットの観測データから大気組成は地球によく似ているのが分かった。
漆黒の夜空に大きな月が2つ浮かんでいる。

眩しいサーチライトが夜空を照らす。
鼻を突く焼け焦げる臭いと熱風が俺の肌を射す。
炎が周りの建物と人々を次々と呑み込みながら街が赤々と燃えている。
あちこちから、人の苦悶と血と断末魔の呻きが俺の眼に飛び込んでくる。
男女の判別もつかないくらい黒く焼け焦げた屍が無数に散乱し、
その中を大勢の人々が逃げ場所を求めて右往左往している。
この星のすべてを焼き尽くし霊魂を伴った黒い煙が天空を漂いながら宇宙をよぎっていく。
俺は何がなんだか分からないまま茫然と突っ立って目の前の地獄絵を見ていた。
人間とは実に脆い肉体を持った存在で、いつも死と隣り合わせである。
生への不安という認識は人間特有のものであろう。
だからといってそれでもって生への耐え難さは少しも軽減されはしないのだ。
あの夢は憂鬱と暗い思考の源泉、生き甲斐を見いだせなくなった俺の心の闇の源泉なのだ。
目の前の悲惨な現実が死と生を絶えず意識させ人間の意識の中にある本能を呼び覚ます。
俺を覆っていた憂鬱で厭世的な気分が粉々に吹き飛ばされてしまった。
近くで呻き声が聞こえる。
逃げまどう集団から取り残されたらしく道に倒れるようにうずくまっている。
そばに寄ると、エメラルドの服を纏った若い女が右足から青い血が滲みでているのが分かった。
俺は手当をするために彼女のスボンの右裾を捲り上げ、薬を傷口につけた。
一瞬、彼女は躊躇っていたが傷の痛みで眼を閉じてしまった。
街を焼く炎と月明かりが、ゆらゆらと彼女の白い脚を妖艶に照らし出していた。
地球の人間の女とそっくりだった。違うのはその身体を流れている青い血だけである。
俺はピータとVT8から救急箱を受け取り包帯を出血しているその白い脚に巻いた。
「もうすぐ、ここも火に囲まれるから俺の肩につかまりなさい。さあ、急いで」
俺は彼女を背負って燃えさかる街並みから安全な場所を求めて自分の勘だけを頼りに歩き続けた。
「俺、遠い地球と言う星からきた原田一平です。君の名前は?」
人間型ロボット「ピータ」が通訳した。
「クォーレです。まだ学生です。ご迷惑をおかけします。あなたは宇宙人?」
「宇宙人!?・・この星、ここはどこですか?」
「今、この星はケロンといい戦争の真っ最中です」
俺は長い間宇宙を彷徨いこの星に遭難してしまったらしい。
俺の背中には確かにこの星の女がいて、その重みと暖かさを感じる。彼女と話していると不思議と気が休まるのである。
地球以外にも知的生命は存在したのだ。
宇宙の知的生命体探査の目的は既に果たしたことになる。

まもなく広い公園が眼に飛び込んできた。案内板にセントラルパークと地球の文字と逆に書かれていた。
広い公園は避難した人々でごった返していた。夜空の2つの月明かりが明るく照らしだしていた。
黒い空飛ぶ物体が地上を焼き夜空を炎が真っ赤に染めている。
焼き尽くされる街並みから隔離され、ここだけがつかぬ間の平和に満ちた天国のように思われた。
戦争による多くの屍と夥しい血をよそに、2つの月は透き通るような冷たさで明るく美しく輝いている。
月明かりに照らされた池の側のベンチに座り、彼女と二人で話しをしながら夜明けを待った。
言葉が分からなくても、インスピレーションで心が通じ合うようになった。
今まで、二人の通訳をしてきたピータは僻んでいるようだ。
彼女は戦争で家族全員を亡くしたそうで、美貌もさることながらその美しく澄んだ瞳は暗さを全く感じさせなかった。
その瞳をどこかで見たような懐かしい気持ちが一瞬、頭をよぎった。
「夜が明けたら病院へ行きましょう。出血は止まっているから楽しい話しでもして気を紛らわせましょう」
彼女は唇の端に微笑を浮かべながら俺に訊ねた。
「ご親切痛み入ります。これからどうなるのでしょう。この星は滅ぶのでしょうか?」
「俺の星も戦争が絶えなかったが共倒れになるので知恵を絞って平和共存している」
彼女にそう言いながら、かつて俺がいた世界の空しさが蘇り自嘲してしまった。
「クォーレさんの夢は何ですか?」
「教師になって平和の尊さを子供達に教えることです。今もこの瞬間に多くの子供達が戦争の犠牲になっています」
こうして彼女と一緒にここに佇んで話しをしていると不思議と爽やかな幸福感に包まれ満たされた気持ちになる。
外見の地味さの内側に芯の強さと美しい心を覗かせていた。こんな美しい女性が今、俺の傍らにこうしている。
甘美な香りを漂わせながら、彼女の白い胸元が月明かりで妖艶に揺らめいていた。
「クォーレさん、足の傷が良くなったらこの国を案内してください」
「一平さん、指切りしてくれますか?」
俺は彼女と指切りをした。彼女の生暖かな小指が触れた瞬間、稲妻が全身を貫くのを感じた。
向こうの方で病院の腕章を付けた一団がタンカを担いで通るが見えた。
俺は大声で呼び止め、彼女の手当を頼むと彼女はタンカに乗せられて運ばれて行った。
別れ際に彼女の手をきつく握ると、彼女もその潤んだ瞳で俺をじっと捉えていた。
彼女の姿が段々と遠く夜の闇に消えて行く。俺はどっと疲れてそのまま深い眠りに落ちた。

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真夜中の恐怖

    失業、不況・・世紀末現象の荒んだ風潮に流されながら
    不夜城の国際都市『東京』は、年々、凶悪犯罪が多発する
    傾向にある。鬱積した心を満たす為に、自分の欲望の赴くまま
    ひたすら犯罪に走る悪魔の冷血動物に、今夜もどこかで犠牲者
    が出ている。頭からパンティーストツキングを被った連続婦女暴行魔
    が目黒を中心に出没していると今朝のニュースで報じている。

    ロングヘアーで、くっきりとした一重瞼で目鼻立ちの整った卵型の輪郭の
    華奢な美智子が出勤前にコーヒーを呑みながらテレビニュースを見ていた。
    彼女は、この春から広尾の白壁が眩しいモダンなマンションに一人暮らし
    している。彼女は自分をつけ回す執拗なストーカーの影を感じていて
    会社の行き帰りに時々、後ろを顧みることが多く神経質になっている。

    昼休みに会社の同僚の律子たちとニュースのレイプ魔の事が話題になった。
   『あたし、先月、警備会社に頼んでマンションに防犯センサーを取り付けてもらったの。
   美智子の所も、あたしから会社に頼んであげるよ。女の一人暮らし物騒だからね』
   『それじゃ、お願いするわ。!・・』
   週末に律子から紹介された警備会社の社員が美智子のマンションに
   防犯センサーを取り付けに来た。蟻の入る隙間もなくセンサーが
   張り巡らされ、どんな異変でも、警備会社のモニターでキャッチ
   出来るシステムである。
   『やれやれ、これでひと安心てとこかしら・・・・』
   翌日、美智子は会社の忘年会で帰宅が遅れ深夜0時過ぎにタクシー
   で自宅に戻った。部屋に入り、シャワーを浴びてから床に着く前
   少し本を読み始めたちょうどその時、枕元の電話が鳴り出した。
   『こんな時間に誰かしら、人騒がせな間違い電話か、いたずらかも・・』
   声の主は警備会社からであった。
   『リビングの方に誰か入っています。人影が見えます。・・・・
   至急、警備車両をそちらへ急行させます。・・・』
   私の落ち度でベランダの窓の鍵を閉め忘れたのかしら・・・
   美智子は一瞬、今朝のニュースのレイプ魔が頭によぎった。
   とうとう私の所へ来てしまったわ。私はレイプされる・・・
   『早く助けに来て!・・早く・・・』彼女は恐怖に怯えている。
   恐怖の強い衝撃に襲われて体が凍り付いてしまい息を潜めて
   恐怖に怯えながらじっとしている彼女が痛ましく見える。
   この一瞬の一分一秒がとても長く感じられ彼女は、そっと
   リビングの方を窺い聞き耳をたてた。部屋は静まりかえっている。
   彼女は、不安の心を押し殺して防犯スプレーを左手に持ってリビングの方向へ
   そっと静かに爪先立って進んだ。おそる、おそる、ゆっくりと静かに・・・
   ビングの中は物音一つ聞こえなかった。あいつは、どこかに隠れている・・
   美智子は、思い切って室内灯のスイッチを入れた。
   パッとリビングが明るく照らし出された瞬間、相手と目が合ったのである。
   『きゃー !・・・・』彼女の小さな唇が歪んだ。
   その目はギラッと光りながら彼女を凝視している。
   彼女は叫んだ。
   『なんだ、タヌキだ ! とても可愛い狸さんだわ!』
   狸はおとなしく、ただじっと座ったままキョトンとした顔で
   彼女を見つめている。・・・・・・

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地 下 災 害

       『災難は、ある日突然襲って来る。』
      昭和59年11月16日・・・それは、都心の地下で起こった。

      NTTの前身、電電公社の世田谷営業所に勤める背の高い痩せ型の
      身体に濃紺の制服を着た谷津友和は、高校卒業と同時に
      電話工事や保守点検を担当するサービスセンターに配属され今年で入社2年目である。
      彼の仕事は親方日の丸の企業にありがちなイメージに反し、俗に云うブルーカラーの
      仕事ではあったが自分の仕事に誇りとやり甲斐を持っている。
      友和は、ショートカットヘアーに澄んだ瞳とくっきりとした顔立ちで可愛いげな
      小柄な同じ職場の通信センターに勤務する竹内千夏と婚約中で、
      来春挙式を挙げることになって毎日、幸福感に包まれながら熱い交際が続いている。
      千夏との馴初めは、彼女が2歳年上であることを除いては、
       どこにでもあるような俗に云う職場恋愛の典型に過ぎない。
      今朝も二人は退社後、銀座で食事をする約束をしていた。
      秋の深まった小春日和のこの日、友和はチーフリーダーの田中健、
      サブリーダーの上野康一、彼と同期の土屋利彦を自分の運転する
      保安車両に乗せて午前10時にサービスセンターを後にした。
      三軒茶屋の高速道路の架橋下の国道にあるマンホールの脇に車を寄せると
      彼らは担当を分担してそれぞれのマンホールの蓋を開け鉄の梯子を駆け下りて
      幾つもの大きな通信ケーブルを束ねた管を一つ一つ点検し始めた。
      友和は真ん中のマンホールから入り、点検作業を続けている途中で腐食している
      スチール製の蓋をバーナーで焼いて開けカバーの中にある束ねられたケーブルの
      幾つかが妙に絡み合い、このままでは断線したりショートする可能性があったので、
      種火の着火しているバーナーを下に置いて地上に戻り、車へ工具箱を取りに行った。
      その間、ほんの2〜3分の出来事だと彼には感じられた。
      彼が工具箱を持参してマンホールを降り駈けた時、
      炎と黒ずんだ煙が鼻を突く臭いを伴って彼の行く手を阻んだ。
      彼は降りるのを断念してマンホールを駈け登り地上に出るや
      先輩や同僚の安否を気遣ってやきもきして心が落ち着かなかった。
      彼のいるマンホールを挟んで前後7カ所のマンホールや通気口などから
      刺激臭のガスを伴って、もくもくと黒い煙が地上に立ち上るのが見えた。
      地下の火災現場では、ケーブルを覆う塩化ビニールやポリエチレンに
      炎が瞬く間に燃え移り有毒ガスを発生させていた。
      地下は、まさに地獄さながらの大火災の惨状を呈している。
      彼は消防署に119番通報し会社にも緊急の無線を入れた。
      先輩たち仲間全員の無事が確認されたのが、せめてもの不幸中の幸いであった。
      火災の連絡を受けて消防車7台が現場に到着し、化学消化剤などで一斉に
      放水し始めたが有毒ガスを伴った煙と熱に消火作業は困難を呈していた。
      火災発生から3時間経ても収まりそうになく、逆に勢いが増しているように感じられた。
      懸命な消化作業にもかかわらず、こうして火災は16時間の長期に渡り燃え続けた。
      この火災により付近の住民の電話9万回線が不通となり警察の110番、消防の119番
      通信機能も麻痺するばかりでなく兜町の株取引も停止、都市銀行のホストコンピュータの
      停止により全国270カ所のオンライン機能が麻痺してしまったのである。
     普段、水や空気のように当たり前に使っていた電話が使えなくなってしまったのである。
     まさに、悪夢だと言えよう。これまで豊かな暮らしを享受してきた人々は、
     大都市の脆さを改めて思い知らされたのである。
     会社はすぐに通信衛星アンテナ車を現地に派遣し、一般住民の為に
     270台の臨時架設電話を設置した。この火災は、新聞社、テレビ局がスクープとして
     大きく採りあげトップニュースとなり新聞記者やテレビ中継車が現場を取り囲んでいて
     報道合戦を繰り広げていた。まさに、都心の道路下の地下火災が
     日本全国をパニックに陥れたのである。友和は、頭の中が真っ白になった感覚に
     襲われながら火災現場に呆然と立つ尽くしている。
     『僕は、悪い夢でも見ているのではないだろうか。だが、これは現実なのだ。
     逃げられない苛酷な現実なのだ。!』
     自分が引き起こした悲惨な火災現場を目の前にして一秒一秒恐怖に苛まれ
     絶望の淵に落ち込んでいて責任を強く感じて自分を責め続けるのである。
     警察や消防の事情聴取後に会社に向かったが
     会社に戻っても仲間たちから冷たい視線を浴びている気がして、
     いたたまれない思いに駆られていた。
     彼は千夏に今夜のデートの約束を反故にすることを告げて退社した。
     彼は自宅に帰らずに自分が引き起こした悪夢の火災現場に行き、自己の呵責に
     苛まれながら消防隊員の懸命な消化作業を一晩中そこに踏みとどまって黙って見守っていた。
     未だ経験したことのない恐怖が彼を搦めとり異様に身体が震え続け呻きを洩らし、
     足を踏みしめて火災現場に立ち尽くすようにして。
     千夏は、彼の沈んだ心が痛いほど分かっていたので、へたに同情しても
     彼の気持ちが晴れないことを知って、敢えてこの日は黙っていた。
     『もしかして、あの人、思い詰めて自殺でも・・・・・・・』
   千夏は、彼女の脳随に突き刺さるような一抹の不安を抱かずにはいられない気持ちに駆られた。
    翌日、千夏は暗くうち沈んだ彼に向かって、奥歯を噛みしめたような表情になるのを
    堪えて呼びかけた。
    『今夜、父の誕生パーテーがあるので、家へ来て下さい。』
    『友和さん、あなたの為に私、手料理作って待っているわ。約束よ』
    彼の沈んだ心を一瞬でも解きほぐすのに口実などなんでもよかった。
    ただ、彼があまりにも不憫に思えてならなかったのである。
   友和は、一度大きく息を吸い込むなり険しく眉をひそめ、潤んだ目で千夏を凝視した。
   『千夏さん、すまない。僕と別れてくれ!僕なんかと一緒になったってこの先いいことないから。
   他の素敵な男性を見つけてその人と一緒になった方が千夏さんのためだよ』
   彼は膝に両手を置きながら、千夏に向かって深々と頭を下げた。
   『馬鹿言わないでよ。あなた以外の男性なんて考えられないわ。
   あなたが、例え大罪人でも、私は一生あなたについて行くわ。
   あなたが一緒に死んでくれと云うなら、私、喜んで死にます。
   だから、本当に私を大切に想っていてくださるのなら、そんな事、云って欲しくないです』
   彼は、目頭が熱くなるのを感じ
   『この女性を不幸にしてはいけない』
   自分に言い聞かせながら彼女を優しく抱き寄せた。

   彼の所属する営業所には、苦情が多数寄せられた。
   電話回線が未だ不通で、苦情の電話さえ言えないことを知るにつけ、
   その怒りは、ざっとその数百倍だと認識するにつけ、彼の心は益々暗く落ち込むばかりである。
   多数の周辺住民の電話の不通、銀行のオンライン停止、兜町の株取引の停止、
   警察、消防などの公共機関の混乱・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   これらすべては、自分の過失が原因なのだと自己の責任の呵責に苛まれていた。
   『僕は、何て愚かなヤツだ。!僕がこの会社にいなければ、こんな事態にならなかったのに・・・・・』
   彼は、思考が半分麻痺して判断力を失いかけ死を決意していた。
   『でも、僕が死んだら、彼女はどうなるのだ。・・・・・・・・・』
   婚約が済み、来春の結婚式を楽しみにしている彼女のことを想うと、
   とても不憫に思えてならなかったのである。会社の先輩や同僚は、
   責任の呵責に苛まれている彼を気遣って、努めて明るく振る舞っているのが
   痛いほど分かり、それが逆に彼の骨身にこたえていた。
   『友和、くよくよするな。誰にでも失敗あるさ。これを良い教訓にしてもっと
   スケールの大きい人間になれよ。!』田中先輩が彼の肩を叩きながら落ち着いた口調で話した。
   『友和、自殺なんかするなよ。千夏さんが可哀想だぞ。!』上野先輩も同調して彼を励まし
   『あまり、落ち込んでばかりいると病気になるぞ。』同僚の土屋も彼を励ました。
   みんなの暖かい励ましが骨身に滲みて、心底とても嬉しかった。

   僕は、入社して1年目を過ぎた頃から、仕事におごりを感じていたんだ。
   初心に立ち返ることを忘れ気が緩んで・・・・自分の気持ちの慢心があのような大事故を
   引き起こし  たのだ。
   今、彼は自分の心の中を冷静に見つめなおす余裕が備わった気がしていた。
   僕は、自らの記憶が薄らぐ前に、僕の心に受けた、さまざまな衝撃と感動を
   こうして書き記すことによって生きる証を立てようと決心しました。
   あの絶望のどん底に突き落とされた時、みんなの暖かい励ましや
   彼女の愛に支えられて僕は強く生きることを悟りました。
  『どんなに苦しくても、夢や希望を持ち続ければ必ず幸福が訪れる。』と僕は信じて生きてきました。
   僕の心は今、みんなに感謝の気持ちで満ち溢れています。

   あれから、随分と歳月が過ぎ去りました。今でも昨日のように思い出されます。
   現在、通信の国際化時代を迎え21世紀の新しい事業展開をはかる技術者の一員として、
   友和は筑波の研究所に勤務している。千夏は、予定通り友和と結婚して、専業主婦として、
   中学生の女の子と小学生の男の子の母として彼の家庭を守っている。
   友和は、当時のことを振り返って考えていた。
   『あの時、死ななくて本当によかった。・・・』
   今、最愛の千夏がそばにいる。僕たちの子供がここにいる。
   『10日間の復旧工事、9万回線の不通、約30億円の被害』
   大変大きな代償の上に築かれた今の幸せを噛みしめている。

ここに登場する人物及び会社は、すべてフィクションであり、実在する人物及び会社ではありません。


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片 道 切 符

愛とは、こんなにも脆いものだったのだろうか。
知美のこれまでの人生にとって愛は生き甲斐であり、神聖なものであったのである。
心も身体もずたずたに傷つき壊れていった。
平成10年も終わろうとしていた師走の木枯らしの吹く早朝であった。
知美は会社を無断欠勤し東京駅の上越新幹線プラットホームに小さな鞄をさげて淋しげに立っていた。
これといって行く宛もなく、死に場所を求めての決意の旅だった。
午前8時17分発のアサヒ305号に乗り込むと、まもなく列車はホームをすべるように新潟に向けて
走り出した。彼女は、昨日から一睡もせず放心状態で町中を彷徨い歩いていた。
座席に着くと人の視線を避けるように俯きかげんに窓の景色も見ずに瞑想に耽っていた。
知美の脳裏には、今までの楽しかった彼との想い出が走馬燈のように映し出されていた。
彼の裏切りが絶対に許せなかった憤りが彼女の口許をきつく震えさせるのであった。
原田知美は実家のある千葉で短大卒業まで両親と過ごし卒業を機に東京での一人暮らしが始まった。
大手町の総合商社にOLとして就職し知美の高校時代からの親友の小林麻里も銀行員として都内で一人暮らしを始めていた。
知美のマンションでの一人暮らしが始まってから、まもなくしっこいストーカーにつきまとわれて悩んでいた。
このために一度マンションをわざわざ替えたのだった。
渋谷から地下鉄半蔵門線で大手町の会社までの通勤し満員電車の中でたびたび痴漢の被害にもあっていた。
乗車車両をたびたび替えてみたが知美の背後に痴漢がまとわりついた。
満員の車内で知美が痴漢の被害にあっている時、斜め後ろにいた長身で体格のよい青年がその痴漢の手を捕まえて
次の駅で鉄道警察隊に突き出した。恥ずかしくも被害届けに署名し、傍らの彼にお礼を言った。
「俺、佐藤隆司です。大手町の山川証券に勤めています。お礼を言われる事のものでもないです。当たり前の事をしただけです。」
そう言うと次ぎの電車に乗り去って行った。彼が温厚誠実で頼もしい青年に感じられた。
佐藤隆司は都内の私立大を卒業後、今の会社に勤め25歳 になる。
父親が不動産屋をしている埼玉の実家の一人息子で甘やかされて育った。
大学時代ラグビー部のキャプテンとして全国大会で2度も優勝に導いた逞しい体格をそなえていた。
今は中目黒のマンションで気ままな一人暮らしをしている。
大のギャンブル好きで休日ごとに競艇や競馬場によく出かけていた。
隆司の勤める証券会社は中堅とはいえバブル期には年間所得が1億以上稼ぐ人もざらにいた。
豪奢な生活に耽りきってバブル崩壊後もその生活態度を改めもせず同僚や消費者金融に借金をしていた。
隆司は知美の親友の小林麻里の勤める日比谷の銀行に仕事でよく通っていた。
麻里ともすぐに昵懇になり麻里にも借金をしていた。隆司のマンションで麻里の姿がたびたび見られた。
知美が朝の通勤電車に乗っていた時、知美の右肩が軽くぽんと叩かれた。
「やぁ・・おはよう・・」隆司の言葉に打って返し「先日はどうも有り難うございました。」
雑談しながら 二人の楽しげな会話は大手町の駅まで続いた。
それ以後、二人は待ち合わせ場所を決めて渋谷から一緒に通勤した。
昼休みにはお互いの会社が近かったので隆司のよく行くレストランで食事をしたりした。
知美が残業で少し遅くなった時は、隆司はわざと彼女の退社時間に合わせて帰りの電車に乗り合わせた。
知美からストーカーの話しを聞いていたので隆司は彼女のボデーガードを買って出て彼女のマンションまで送って行くことにした。
そんなことがあってからはストーカーの姿がぱたりと止んだのだった。
二人は退社後、隆司の行きつけのカフェバーで楽しい時間を過ごした。
「知美さん、今読んでいる本なんですか ?」
「まど・みちおの詩集なの、隆司さんは詩好きですか ?」
「俺、その方面は全くダメ・・俺、馬が好きなんだ。」
「今度の休みに大井競馬場へ行きませんか。?最近、若い女性に競馬 人気あるんです。女性専用のVIP席もあるんですよ。」
隆司は知美にデートの約束を取り付けると彼女のマンションまで送り届けた。
その約束の日が来た。
隆司は待ち合わせ場所に真っ赤なポルシェに乗りやって来た。知美には、競馬の事は全く判らなかった。
「知美さん、馬を双眼鏡で見ているだけではつまんないでしょう。馬券を買って楽しまなくちゃ」
隆司の言葉に従い知美は彼と一緒に馬券売場へ向かった。
第1〜第3レースどれを買ってよいか判らないまま自分の直感する番号を隆司に言って馬券を買って貰った。
第1、第2レースは外れ見物席は外れ馬券の花吹雪が宙を舞っている。
第3レースがいよいよ始まった。各馬互いに競り合いながら伯仲していた。
知美は馬券の事より馬の逞しく疾走する迫力に興奮を覚えた。
「知美さん、大当たり!!!」隆司は興奮気味にしゃべり「俺のは、全滅・・」
知美は隆司にその当たり馬券を手渡すと隆司は換金窓口へ行き両手に一万円札をトランプを拡げるようにして知美に手渡した。
「隆司さんのお陰で今日はとても楽しかったわ。お礼に私に食事おごらせて」 
「旨いワインを揃えた行きつけの店があるんだ。色々な品種のワインを味わえる店で女性に人気あるんだよ。そこへ行こう」
知美を乗せてポルシェは走り出した。しばらくしてワインバーから出てきた二人は、次ぎに レインボーブリッジに向かった。
橋の上から夕暮れの東京湾やビルを眺めていた知美は今、ロマンチックで幸せの気分に浸っている。
橋では走行妨害などおかまえなしで幾つもの熱々のカツプルが外見も気にせずに抱き合いながらキスを交わせている。
それから、ふたりを乗せたポルシェは有明のお台場まで疾走した。
到着したお台場の公園では夕闇の中、あちこちで熱々のカップルが抱擁している。
周りの光景に影響されてか隆司は知美の体をぐっと引き寄せ知美に熱い口づけをした。
そして隆司の逞しい腕に抱かれて行った。
渋谷のマンションまで送ってもらい、隆司は知美と一緒にエレベーターに乗り4階の知美の部屋へ向かった。
知美はドアを開けると隆司も一緒に中に入った。彼女は自然に彼を受け入れていたのだった。
その夜、知美は隆司と結ばれたのだった。知美にとって隆司は生まれて初めての男であった。
それ以後、隆司はたびたび知美のマンションに出入りしていた。
それから数ヶ月後のこと 隆司は知美に・・・・・・・・つづく
後編をお楽しみに

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片 道 切 符
後編


それから数ヶ月後のこと 隆司は知美に言った。
「給料前で今ピンチなんだ。悪いけど少しお金用立ててくれない。20万・・いや10万だけ・・」
気前よく知美はバッグから10万円取り出して彼に手渡した。
それ以後、味をしめたのか、もっともそうな理由を付けて幾度となくお金をせびるようになった。
いつのまにか知美の預金通帳の残高がみるみるうちに減っていった。
それでも、彼女は彼を信じていたのだった。 「これ、君の誕生日プレゼント。」
隆司は知美の誕生日にネックレスをプレゼントした。
「君の誕生石のサファイアの指輪をこの次ぎのボーナスでプレゼントするよ。」
そう言われると嘘でも 嬉しかった。
それから、しばらくして知美は体に異変を感じるのだった。
生理がないことや、すっぱい物を好んで食べるようになった。「もしかして・・・」
それは、つわりだった。翌日、出勤を少しずらして産婦人科へ出かけた。
医師はと知美に告げた。「おめでたですよ。妊娠3ヶ月です。」
知美は彼の子を身ごもったことが嬉しくて早速、隆司に会ってくれるよう電話をした。
退社後、待ち合わせのカフェバーで知美は彼の到着を待っていた。
彼は少し遅れてやって来た。「話しって、なんだい・・」と彼が聞くと知美は少しためらいながら
「私、出来ちゃった」  
 「・・ ! ?」 隆司は一瞬、訳がわからなかった。
「あなたの赤ちゃんが出来たの」
「ねぇ、産んでもいいでしょう」
「本当に俺の子 ?」
「きまってるじゃない」
隆司は、ちょっと困惑した表情をしながら知美の質問に曖昧な返事をした。
「今度、あなたのご両親に会わせてくれる?」
「こんどね・・・・・」
「今度っていつなの」
知美は更に聞き返した。
「今、会社の決算期で仕事が忙しくて・・・その内、君に連絡するよ。」
知美は、彼の口からはっきりと赤ちゃんを産んでくれと言わなかったことや赤ちゃんが出来た事を告げた時に
彼があまり喜んでくれなかった事を悟り思い悩んだのだった。
それから、しばらくして あんなに頻繁に知美のマンションに来ていた彼が突然ぱったり来なくなった。
彼女は彼の訪れを待ち続けながら一人寂しい夜を過ごし知美は思い悩み会社を休みがちになった。
「このままでは、生まれてくる赤ちゃんがかわいそうだわ。」
知美は少し精神的にも疲れ果てて落ち込んでいった。
とうとう彼女は彼の子を流産してしまった。
そんな事があってから、久しぶりに隆司から電話があった。
「俺、来月からしばらく会社の出張でオーストラリアに行くことになった。
毎日残業で忙しくて君の所へ行けなくて御免・・・当日、成田には会社の同僚が大勢くるから見送りにこなくてもいいから・・」
隆司は知美にそう告げた。それからしばらく時が経過した。
マンションで一人寂しく暮らしていた知美の元へ国際電話がかかった。
「知美、元気かい。今、何している・・」
隆司の声に混じってかすかに女性の声が聞こえるのを知美は本能的に察した。
「隆司さん、そこにいる女性誰なの ? 」
「えっ、そう、ル・・ルームサービスのおばさん」
女の直感は遠く離れた外国のちょっとした声にも敏感にそれとわかる天性が備えられている。
実際、隆司は小林麻里と一緒にオーストラリアに遊びに行っていたのだった。
この旅行費用も麻里が全額負担したものだった。
麻里にとって、隆司が電話している相手が親友の知美であることを知る余地もなかった。
知美とて同様であった。
隆司と麻里がオーストラリアから帰国して一週間後、知美は会社からの帰宅の途中
隆司の住む中目黒のマンションを訪れた。彼は7階建てのマンションの5階に住んでいた。
知美の乗ったエレベーターが5階でドアが開いたちょうどその時、隆司の部屋のドアが開き中から女性が現れた。
驚いたことに、こともあろうか親友の麻里が出てきたのだった。
麻里のすぐ後から隆司がドア越しに麻里を抱いてキスをしはじめた。
知美は彼らに見られないようにして、慌てて近くの踊り場の物陰に身を隠した。
麻里が立ち去るのを確認してから、知美は彼の部屋のドアのブザーを押した。
「麻里、どうした。何か忘れ物 ?」と隆司が答えた。そしてドアが開かれた。
隆司は知美を見てびっくりした様子で慌てて罰が悪そうにそわそわしながら彼女を中に入れた。
部屋には麻里と彼の写ったオーストラリア旅行のスナップ写真がテーブルの上に無造作に置かれていた。
知美は怒りがこみあげてきた。
「あんたという男は最低よ!男のクズよ。!女の心なんて分からないんだわ。 殺してやる。!」
逆上した知美の形相に驚いて隆司は後ずさりした。
知美はキッチンからナイフを取り出し両手に握って隆司めがけて追い回した。
知美が足をすべらした隙に隆司は彼女からナイフを取りあげた。
隆司が安心してちょっと後ろを向いた時、知美はそばにあったフライパンを彼の後頭部めがけて思い切りぶつけた。
彼はよろけて、そばのテーブルの角に頭をぶつけた。
隆司は、そのまま床に倒れ込んだ。頭から血が流れていた。
「私、とうとうあなたをを殺してしまった。あなたを信じていたのに!」
彼の身動きしない様子を見て知美は泣き叫び泣き崩れていた。
知美は血を見るなり、ただただ放心状態で彼の部屋から飛びだして行った。
彼女は、小雨の降る町中へと消えて行った。



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