公認満腹教習所
エピソード 1
少女時代から男勝りな左幸子は趣味でもスポーツでも男の子の好むものを好み服装も好んで男性の衣服を纏っていたので男とよく間違えられていた。
幸子は車好きな父の影響で幼い時から車に興味を持ち無免許で車を運転するほど車が好きで将来F1ドライバーになることを夢見ていた。
高校卒業後、近くの運送会社にセールスドライバーとして暫く勤務しながらJAF（日本自動車連盟）のA級ライセンス資格目指して筑波サーキットで練習に励んでいた。
ある日、千葉の教習所指導員の募集記事を見て早速応募してみることにした。
幸子の運転免許証には第１種普通、大型自動二輪、第１種大型自動車の資格が記入されており、それにJAFのA級ライセンスがあったこともあり面接ですぐに職員として採用が決まった。
教習所の職員になったからと云ってすぐに指導員になれるわけでなく公安委員会の教習所指導員の資格試験の勉強をしながらマイクロバスで教習所生徒の搬送の下積みの日々を送ることになったのである。
ここで、満腹教習所の職員の紹介をしよう。
教習所とはいえ一応株式会社なので大株主の役員が社長として定期的に就任していた。現在の社長は７０歳の高田社長である。
教習所の実務の最高幹部は所長で、警察の署長クラスの退職者が公安委員会の推薦を受けて定期的に就任していた。
現在、新年度の引継者として小泉所長が新しく就任した。
指導員の構成は小林部長以下、男性指導員２０人、女性指導員１人で幸子が次期指導員に加わる予定である。
総合受付の事務方は、村田、松井、佐藤、中村の女性職員が、それに清掃職員として６０歳のおばちゃん、板倉さんが元気に働いていた。
幸子が初出勤の日、期待と不安で緊張していた彼女を小泉所長が職員に紹介した。
『今日から次期指導員目指してこちらに勤務することになった左幸子さんです』
『ふつつか者ですが、よろしくお願いします』
小林部長が指導員控え室に案内して指導員一人一人を紹介した。
『指導員控え室の男所帯の紅一点の福田かおりさんに新しい仲間が出来た。よろしく頼む !』
幸子は福田かおり先輩のような立派な指導員になること目指して送迎バスを運転する下積みの日々を送ることになった 。
幸子は、この日から教習生を送迎するために千葉近郊の駅や成田空港などの要所に一日８回、一時間間隔でマイクロバスを運転し始めた。
『公認満腹教習所』と書かれたロゴ入りのマイクロバスを運転しながら教習生の待つ成田空港駅に向かった。
対向車の運転手たちが『公認満腹教習所』の文字を見て笑っていた。
JRと京成の各空港駅で教習生を乗せると次のJRの駅に向けて発車し始めた時、乗り遅れそうになった教習生である年輩の中年男が大声で叫んでいた。
男は息を切らせながらバスに乗り込むと『前の運転手と違って今度の運転手は親切やないか。てっきり男だと思ったら姉ちゃん運転手だ。今日は卒業検定だから助かったよ。俺、花島覚えといて !』
『この次、遅刻すると置いて行きますよ』
『この次ぎということは、卒業検定に落ちると言うわけか』男は にやにやと笑いながら頭を掻いていた。
幸子は愛嬌たっぷりに男に微笑み返すとギャーを入れ前進させた。
バスの乗客は女性が目立つ中で一人花島と言う男だけが異彩を放っていた。
教習生を乗せたバスは間もなく満腹教習所に到着した。
『花島さん、卒検がんばってね !』
『ありがとう! 落ちたらまたお世話になるね』
幸子が事務室に戻ると教習所正面の一番食堂の店主が教習所職員の出前の配達にやって来た。
『おや ! 女性の新人さんだね。頑張っておくれ。可愛い子ちゃんには叔父さん大サービスしちゃうよ♪』
店主はお世辞上手な剽軽者で女性職員に人気があった。
『幸子さん、お昼ご飯一緒に食べない ?』
福田かおりが幸子を手招きして職員控え室へ案内した。
彼女たちは男性職員に混じって出前のランチセットを食べながら雑談していた。
『私も早く先輩みたいになりたいな !』
『辛抱すればじきになれるよ。今日は卒業検定日で午後２時に合格発表があるの』
『花島さん、合格するといいわね』
『幸子さん、彼と知り合いなの ?』
『もう少しでバスに乗り遅れるところだったの。とても面白い叔父さんだわ 』
『なにわともあれ、生徒のみなさんには全員合格してもらいたいわ 』
午後１時から３０名の卒業検定が行われた。
教習所敷地内の指定コースを走る実地試験に生徒たちは緊張して試験に臨んでいた。
特に車庫入れと縦列駐車の出来具合がポイントだった。
卒検に臨んだ生徒たちは緊張したハンドル裁きで教習車を走らせていた。
いよいよ卒業検定の合格発表の午後２時がやってきた。
『只今から、卒業検定の合格発表を行います』
所長のアナウンスが放送された後、合格者の名簿が掲示板に張り出された。
試験に臨んだ生徒たちが掲示板に駆け寄ってきた。
『わ〜い、やった ! 』
嬉しそうな生徒たちの歓声が幸子の耳に聞こえてきた。
お互いの合格を喜び合う生徒に混じって黙って掲示板を見つめる中年男の姿に幸子は気が付いた。
幸子はマイクロバスを教習所の玄関に横付けすると乗り込んできた教習生たちをそれぞれの駅に送るためにギアーを入れた。
卒検に落ちた花島信一が幸子に声をかけてきた。
『姉ちゃんの予言当たったよ。またバスにお世話になるからよろしく』
『花島さん、次回の卒検頑張ってね』
『あたしも教習所指導員試験めざして頑張ろう♪』
教習所指導員になることを夢見ながら幸子は明日もマイクロバスを走らせ続ける。
to be continued つづく
小説に登場する登場人物並びに教習所名はすべてフィクションです。