「お姉ちゃん、・・・・助けて !」
今でも私の脳裏には三つ年下の妹の叫び声が聞こえてくる。
高校一年だった妹の幸子が亡くなって今日で一年になる。
幸子は希望する高校に入るとテニス部に入り生き生きとした学園生活を送っていたが妹の誕生日六月十八日を目前に控えた日、部活で遅くなった帰り道に見知らぬ男に車で拉致され乱暴されたのである。
妹はショックのあまり部屋に閉じこもって塞ぎ込む毎日が続き、大好きだった学校にも行かなくなり一週間後に自殺した。
私は妹の机の引き出しから日記を見つけた。
几帳面な妹は毎日、日記を付けていたが事件当日を境にして文字の乱れや空白のページが目だち妹の心の傷が痛々しかった。
警察への被害届後、警察の懸命な捜査にもかかわらず今日まで私たち家族の願いも空しく未だ犯人は捕まっていない。
妹の日記に書かれていた犯人の唯一の手がかりは、妹が必死に抵抗した時に付けた犯人の左手の噛み傷とその男の白い車である。
私は妹の一周忌の墓前で憎き犯人への復讐を誓った。
妹の無念な死がその後の私の人生を大きく変えてしまった。
私は高校卒業後、勤めたばかりの銀行を辞め犯人の手がかりを得るのに役立ちそうな不特定多数の人が集まるコンビニやファーストフードなどの店を転々とフリーターとして働きながら憎き犯人を捜し求め続けた。
私はバイトの行き帰りや勤務する店での来客の男の左手ばかりを注視していた。
今日も、あるコンビニでレジ係をしていると思いがけなくも左手に噛み傷のある男の客と応対することになった。
「お客様、お会計は１２６０円になります。またお越し下さいませ。ありがとうございました」
「この店、夜遅くまで営業しているので助かるよ。しかも君みたいな可愛い子に会えるのが楽しみだ。また寄らせてもらうよ」　　（　もしかして、この男が犯人かもしれないわ !　）
私は男の後をつけようと別の店員にレジ係を交代してもらおうと呼びに行っている間に男を見失ってしまった。
翌日も同じ時間に、その男はまた買い物にやって来た。
男は品物をレジのあるカウンター台に置くと私の胸に視線を向けていた。
（この男ったら、私の胸ばかり見ているわ。全くいやらしいスケベ男なんだから）
「や〜、また会えたね。君は夜遅くまで働いて真面目なんだね。胸のネームプレートに君の姓が書かれているが名前は何て云うの?」
「勝美です。お客様、お会計は１５７５円になります。またお越し下さいませ。ありがとうございました」
男は店の駐車場に停めてある運送会社のロゴの入った車に乗り立ち去った。
あの男の自家用車の色が分かればなぁ !　今の状況では警察に話しても確固たる証拠がないから無罪放免になってしまうし逆に警戒心を起こされて逃げられてしまう。
私の方で確固たる証拠を掴まえなくては。あの男は明日もきっとやって来るはずだわ。
その翌日も、次の日もその男は毎晩決まった時間にやって来た。
私がその男の買い物の品物をレジに打ち込んでいると男はどもりながら話しかけてきた。
「俺、狸里田好夫と言います。俺が毎日この店に買い物に来る目的は、君に会えるからだ。こんどの日曜にドライブに誘ってもいいかな ?」
長く辛抱した甲斐があったようだ。この男こそ憎き犯人かも知れない。この男から確固たる証拠を掴まえて警察に突きだしてやる。
否、もし本当の犯人なら妹のために刺し違えてでも殺してやる !
「あら、ドライブに誘ってくれるの・・・・それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」
そう言いながら、私は内心苦笑しながらも男に心の内をさとられないようにワザと はにかんだ態度をとった。
そんな私の心も知らずに、男は買い物袋を両手に抱えながら鼻歌混じりの上機嫌な顔で店を後にした。
上品ぶったって駄目よ。あなたのその手の傷は、妹の恨みが込められているんだから。
男が帰った後、思わず身震いしてしまった。

その男とのデートの日がやって来た。
正直言って怖かったが妹の敵討ちのためにそんな弱気にむち打ち勇気を奮い立たせると、バッグに痴漢避け催涙スプレーとナイフを忍ばせて出かけた。
その男の車は予想通り白だったので、私は益々その男が犯人であると確信すると同時に言いようのない恐怖に駆られていた。
男に人里離れた場所に連れて行かれないように、私は遊園地みたいな 人の沢山集まる場所を行き先に選んで男に伝えることにした。
「ディ○ニーラン○に連れていってください !」　私はワザと甘えた声で強請ってみた。
私は助手席に座ると怖じ気を押し込めて男の横顔とハンドルを握る左手の傷跡に注視していた。
「失礼ですが、左手の傷はどうしたのですか?」
「迂闊にも犬に噛まれたんです。俺、宅配の仕事していてお客の家に荷物を届けに行った時にその家の飼い犬に・・・」
（妹の必死の抵抗により噛まれた傷跡のくせに・・・よくも白々しい嘘を並び立てたものだわ）
「狸里田さんは何歳なんですか ? 　あなたは、帰宅時間が遅いみたいですが」
「俺、来月で３０になります。おやじの仲間入りですな。帰宅が遅いのは、こういう家業の宿命と諦めてますよ。だから仕事帰りに君のいるコンビニで買い物するのが生き甲斐なんだ」　
「まぁ、そんな・・・・ところで、私の顔、誰かに似てませんか ?」
（妹を犯した犯人なら妹と良く似た私の顔に驚いて、きっと動揺するはずだわ）
「確かタレントの誰かに似ている気がする。あの可愛いタレント誰だったけかな?」
（とぼけているのか、動揺した様子を見せないところをみると、とんだ悪狸だわ。きっと妹が自殺したこと知らないのだ。だから強気になって冷静を装っているんだわ）
「シンデレラ城が見えたわ 。　今日はいろんな乗り物に乗って愉快に楽しみましょう !」
男の運転する車がディ○ニーラン○の駐車場に乗り付けると私はワザと陽気を装って男と園内に入場した。
この男は善良を装っている食わせ者に決まっている。
なんとかして犯人の確固たる証拠を掴まえなくちゃ・・・・
ディ○ニーラン○園内で楽しい乗り物に乗って楽しんでいる彼の表情を伺いながら彼に話しかけ探りを入れたが、とうとう尻尾を出さずじまいに終わった。この男は一筋縄ではいかない、このしぶとい悪狸め !
車のある駐車場に戻り再び車の助手席に座わると、彼はいきなり私にその大きな手を伸ばして襲いかかってきた。
「いきなり何するのよ・・・やめて !」

車のある駐車場に戻り再び車の助手席に座わると、彼はいきなり私にその大きな手を伸ばして襲いかかってきた。
「いきなり何するのよ・・・やめて !」
私は、無我夢中でバッグから催涙スプレーを取り出して彼の顔めがけて吹き付けた。
彼は驚くやいなや涙をこぼし、しかめっ面でドアを開けて外に飛び出すと地面をのたうち回っていた。
私も堪らずその匂いにむせながら顔にハンカチをあてながら外に出た。
「君に勘違いされたみたいだ。実は車に乗り込んだときキーが君のいる助手席の下に落ちてしまったんだ」
彼は目を紅く腫らしながら涙目でそう呟いた。
助手席のドアを開けると床下にキーが転がっていた。
「御免なさい・・・・だって、あなたがいきなり私に襲いかかってきたと思ったんだもん」
「君の護身術には敬服するよ。君には痴漢も近づけないよ」
「車の中がスゴイい臭いね !　悪いけれど私、タクシーで帰るわ。それじゃ、さようなら」

翌日、私はいつものようにコンビニで忙しく働いていると彼がニコニコしながら買い物にやって来た。
（ あの男ったら、昨日の私のむごい仕打ちに懲りていないようだわ ）
「毎度、ありがとうございます。お会計１８４０円になります」
「昨日は、誤解を与えてしまって謝るよ。今度の休みにもう一度、俺と付き合ってくれないか?」
（ 今度こそ、あの男の尻尾を掴んでやるわ ! ）
「私こそ、昨日は御免なさい。こんな私でよかったら、お待ちしてます」

二回目のデートの日がやって来た。
恐怖心は前回ほどではなかったが、警戒心は怠るまいと自分に叱咤激励した。
今度はバッグに催涙スプレーは入れないことにした。
その代わり携帯デジタルレコーダーと睡眠薬を忍ばせることにした。
彼は約束の時間より少し遅れて車でやって来た。
「遅れてごめん ! 遅れまいと急いでいたせいか、スピード違反で反則切符切られてしまってね。反則金二万円痛いな !」
（ いっそのこと電柱にぶつかって死んでしまえばよかったのに ）
「交通事故かと心配してたのよ !　でも、 それだけですんでよかったわ」
「君って優しいんだね。さて、今日はどこへ行こうか ? 」
「警察博物館がいいわ」　
（ 自分に後ろめたいことがあれば、きっとうろたえるはずだわ ）
「きついジョークだよ ! 何も俺がスピード違反で反則切符切られたからって・・・でも、君のご希望だから行くことにするよ」
私は彼のあっけらかんとした態度に呆れてしまい可笑しさがこみ上げてきた。
( これも冷静に計算されたあの男の芝居かもしれない、全く腹黒い狸なんだから油断できないわ ! )
警察博物館に着くと彼は玄関前に展示された白バイに乗りVサインをして見せた。
私たちは館内に展示された百年以上前の明治初期の厳めしい警察官の制服などを見て回った。
警察博物館を後にすると私たちはレインボーブリッジに行き東京湾の眺めを暫く楽しんだ後、車はお台場に向かった。
テレビ局で催し物を見学した後、海浜公園を散策しながら彼が私の質問に何か重要な手がかりを口を滑すのを期待しながら彼の表情を探っていたが結局、事件の核心部分を聞き出すことが出来なかった。
( なんてしぶといヤツなんだろう・・・こうなったら最後の手を使うしかなさそうだわ )
「夜景が綺麗ね、とてもロマンチックな気分だわ。今夜は家に帰りたくないわ・・・ずっと貴方と一緒にいたいの」
「ヤッホー ! それじゃ、このままホテルに行ってもいいんだね」
（ 自分で持てる男だと思っているのかしら、おめでたい狸だこと ）
私は黙って頷くふりをすると有頂天になった彼は鼻歌混じりで軽快にハンドルを握りホテルに向かった。

ホテルに着くと彼は私が車の中で躊躇しているのにしびれを切らし、ドアを開けて無理やり私の手を引っ張った。　
私は意を決して彼の後についていった。
部屋に入るといきなり鏡張りのダブルベッドが目に飛び込んできた。
( この男の頭の中は男と女の営みのことしかないようだわ。なんとか彼の口から事件の核心部分を引き出してレコーダーに記録し逃げ出さなくちゃ・・・・・・)
私はフロントにコーヒーとサンドイッチを注文した。
間もなくドアがノックされ注文の品の載ったワゴンがドアの前に置かれていた。
私は何気ない会話で彼の注意をそらしコーヒーに睡眠薬を入れた。
「お腹空いたでしょう ? サンドイッチとコーヒーを召し上がって !」
私の方が先にサンドイッチとコーヒーを口にすると彼は何の疑いももたずにそれらを口にした。
「君と一緒だと思うと、とても美味しいね ! コーヒーのお代わり頼んでくれないか ? これから君と楽しいことが・・・うしし・・・・」
（ この男の味覚は一体どうなっているのかしら ! ）
私は証拠の言葉を記録するためにレコーダーのスイッチをオンにして、あの手この手で犯人に結びつく確証を得る言葉を探った。
私は心の内を覚られないように何気ない話しを交えて彼の表情に注意を払いながら事件当日のアリバイを聞き出してみることにした。
言っていたことの真意を確かめるために明日、彼の会社に電話してみよう。　
「私、催眠術に凝ってるの。お願い・・・実験台になってくれますか?」
「やれやれ肝心な時、こんなところで君の催眠術の実験台にされるとはね」
彼をソファに座らせ眼を閉じさせて、にわか催眠術師のまねをしてみせた。
「あなたは段々眠くなる・・・私の質問に真実を述べなくてはならない・・・・去年の六月十七日の夜八時過ぎに帰宅途中の私とよく似た顔の女子高生を襲い乱暴したことがあるか真実を述べよ・・・」
私が、根堀り葉堀り訊くことにうんざりしたのか突然、彼は盛りのついた犬の如く私に抱きついてきた。
「そんな催眠術ごっこよりも大人の遊びをしょうよ・・・・俺、もう我慢出来ねぇ !」　　　　　　　　（ 困ったな・・ 薬、なかなか効かないよ ! ）
「夜はまだ長いのよ、女はムードが大切なの、そんなに焦っちゃ嫌・・・私、汗くさい男って嫌いなの・・・お願い、シャワー浴びてきてね」
不満そうな顔をしながら彼は素直にシャワー室に入っていった。
（ はぁ〜、やれやれだわ・・・・）　
すると五分も経ないうちに、彼は嫌らしい顔をしながらシャワー室から戻ってくるなり、私を軽々と抱き上げてベッドに押し倒した。
「せっかちな人って嫌い ! ねぇ、お願い・・私もシャワー浴びたいの・・・ちょっと待っててね」
「またかよ !　そんなこと云って俺を避けてるんじゃないだろうね ?」
「もう、意地悪なんだから・・・女の子ってとてもデリケートなの、私の大切な躰の奥から何かが叫び目覚めているのに・・」
( はぁ〜、 私って、咄嗟によくもこんな言葉を思いついたものだわ ! )
私はシャワー室に逃げるように駆け込むと鍵をかけ、シャワーを勢いよく全開させた。
暫くして、そっとドアを細めに開けて彼の居る方の様子を伺ったがまだ眠っていそうもなかった。
( おかしいなぁ ! 薬の量が少なかったかしら、これじゃ、私の方がのぼせてしまうよ ! )
私の我慢も限界がきて、仕方なくシャワーを止めてシャワー室を出た。
戻ると彼はベッドの上で鼾をかいて眠っていた。
( やれやれだわ、なんだか私、疲れちゃった )
さっきまでの気苦労が嘘のように男の寝顔が可愛く見えた。
私は、急いで服を身に着けると彼のいる部屋を後にした。


自宅に帰ると、帰宅が遅い私を心配して父が眠らずに待っていてくれた。
「遅かったね ! 今日、刑事さんが犯人が逮捕されたことを伝えに来てくれたよ。幸子もこれでうかばれるだろう」
「えっ ! 犯人が逮捕されたですって !」
それじゃ、あの男は・・・・・・・・あぁ〜、私って、何てそそっかしいんだろう !
私、彼に可哀想なことしちゃったわ ・・・・・・・

お　わ　り

　　　　　　　　　　　　　　　　　　

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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 あ と が き

復讐というシリアスなテーマに沿った本流を期待されていた方には、みなさんの期待を裏切った書き方をして申し訳ありません。
オチを楽しんで書いたというよりも目的、執念を持った人ほど強い者はないのだと言いたかったのです。
（本当は、楽しんでおりました）(^^;)
復讐前編で妹を乱暴し自殺に追い込んだ犯人に怒りの執念で捜し続ける姉を書いているうちに推理小説ぽくなりつまらなくなりました。
そこで、身の程もわきまえずに若い美しい女性に惚れ込んだ男の哀れさを書いてみたくなりました。
無論、レイプなどの性犯罪は絶対許す事が出来ません。
本流としての復讐の筋書きは後日、探偵物などの形で別の機会に譲りたいと思います。
身の程もわきまえずに惚れた男ほど哀れな者はありません。
ところで、これは好色の戒めとでも言いましょうか鼻の下が長い惚れやすい世の男性諸君は年若の美しい処女には近づくなという忠告を漂わせた滑稽物語に受けとめていただければ幸いです。
自分の立場もわきまえずに気にいったからとてあまりしつこく近づくと極度に嫌悪されているのに分からず表面の笑顔に見惚れてのぼせ上がっていると相手の術中にはまって痛い目に遭います。
日本昔話のカチカチ山のお話にこれと良く似たエピソードがあります。
悪狸に殺されたお婆さんを狸汁として食べさせられたお爺さんに同情して、お爺さんとお婆さんに可愛がられていた兎が悪狸に復讐をする物語です。
ここでは狸は男で兎は美しい女性です。
狸は兎に一目惚れし、敵討ちとも知らずに兎の甘言に乗り痛い目に遭い最後は泥船に乗って沈んでしまうという物語。
泥船が沈む間際の狸の言葉　「惚れたが悪いか・・・」
古来、世界中の文芸の哀話の主題には、一にここにかかっているといっても過言ではありません。
女性にはすべて、無意識にこの無慈悲な兎が一羽住んでいるのです。
鼻の下が長くなっている男性諸君、お気を付けあそばせ !