デ パ ー ト 冬 物 語
前 編
玲子の無断欠勤が一週間続いたため職場ではあらぬ噂が飛び交っていた。
彼女の上司の部長代理の中村は心配して玲子の実家に電話を入れた。
『えっ、玲子が無断欠勤しているんですか?』
玲子の上司の突然の電話に母は戸惑いながら応対していた。
玲子は家族には有給休暇を取ったので旅に行って来ると告げていたのである。
一方、克己は玲子のことが心配になっていたが自分も休んで彼女を捜すわけにもいかず、いつも通りに仕事に励んでいた。
克巳がいつも通り出勤し朝の写真自動現像機の仕業点検をしていると石井先輩に肩を叩かれた。
『中村代理の話によると玲子ちゃん実家にいないみたいだ』
『そうですか、僕も今度の休みに彼女の実家に行って手がかりを聞き出し捜してみます』
『君たちのこと陰で噂しているようだが気にするなよ。今夜、一緒に飲みに行かないか?』
『喜んで、ご一緒させてもらいます』
『今朝、支店長による朝礼があるから遅れないように。さてと・・今日もがんばるぞ !』
そう言うなり石井先輩は売場のみんなに元気よく挨拶しながら自分の持ち場に戻っていった。
支店長以下、各売場の責任者たちの業務報告の朝礼が朝九時半に一階の中央広場で従業員総出のもとに行われた
『不況による消費者の買い控えで、デパート業界も厳しい冬の時代を迎えております。こんな時代だからこそ皆さん一人一人の笑顔でお客様をもてなし喜んで買い物してもらえるようにお客様の購買意欲をかき立てる諸君のいっそうの努力が求められます』
支店長の挨拶が済むと各階の売場の責任者による業務報告が行われた。
従来の営業時間は午前十時から夜八時までであったが、不況による売り上げ減から閉店時間が年明けから三十分延長されることが従業員に報告された。
克己のいる地下二階の写真DPE売場でも不況の影響で売り上げが減っていた。
食堂を除いて地下二階の売場では印章、トラベルサロン、保険、ウエディングサロン、不動産部、信販会社、レディースクラブ、・・各売場の従業員が暇をもてあますことが多くなっている。
克己がいつものように手慣れた動作で写真現像機の操作をして仕事をしているとデスクの内線電話が鳴りだした。
『交換台ですが外線をお繋ぎします。・・・・・本社の淳子です。明日、会社の大事な用件でそちらに行きます。それじゃ、これで・・』
大事な用件ってなんだろと克己は疑問を感じながらもお客から預かったフィルムの現像処理にかかり、仕上がり時間に追われてあくせくこなし続けていた。
そんなこんなで閉店時間を迎え、克己は機械の清掃作業を済ませるとロッカーのある部屋で私服に着替えて石井先輩を待っていた。
『やぁ、待たせてごめん !』
克己は、背中越しに石井先輩の元気なかけ声と共にポンと肩を叩かれた。
二人は、いつもの居酒屋に入っていった。
『玲子ちゃんの事なんだけれど、君たちに何があったんだい ? 』
『実は彼女、自分で魔女だと思っていて彼女の付き合う男が不可思議な死に方をして、今度は僕が死ぬのではと悩んでいる様子なんです』
『そんなの迷信さ ! 』
『僕も彼女に同じ事を言いました』
『それで玲子ちゃん、君を死なせたくないと思って姿を消したわけだ』
『先輩、まさか玲子ちゃん自殺なんか・・・』
『まさか、彼女は賢いからそんなことしないと思うよ。実家のお母さんの話によると旅に出かけたみたいだ』
『旅ですか ! そうなら良いのだけれど・・・』
翌日、克己がいつも通り自動現像機の操作をしているとカウンター越しに声をかけられた。
『このフィルム急いで現像してちょうだい ! 』
『なんだ、淳子じゃないか ! おいおい、冗談きついぞ 』
『うふ〜、びっくりした? お客様でなくて悪かったわね 』
『そんなことより、会社の重要な用件って何だい ?』
『実は、うちの会社危ないの ! 取引先の債権が回収出来なくて次ぎの銀行決済日に不渡り出しそうなの』
『まさか、そこまで深刻な事態になっているとは知らなかった』
『社長が、市川君に会社から独立してデパートのDPE売場を引き受けて欲しいと言っていたわ』
『今、急にそう言われても困るよ』
『無理もないけれど、デパートには一般の業者はなかなか入れないのよ 。うちの場合はデパートに宝石を卸している長い付き合いで入れたのだから』
『よく考えておいてね。あたし、すぐ本社に帰らなければならないからこれで失礼するわ』
克己にとってまさに寝耳に水で、よもや自分の会社がそのような事態になっているとは夢にも思わなかったので淳子の報告に衝撃を受けていた。
その時、呆然としている彼の目の前のデスクの電話が鳴り続けていた。
to be continued 中編へつづく
小説に登場する登場人物並びにデパート及び会社名はすべてフィクションです。
デ パ ー ト 冬 物 語
中 編
ようやく我に返った克己は、受話器を手に取った。
『交換台ですが只今、外線にお繋ぎします。・・・・・・玲子です。突然姿を消してごめんなさい』
『心配したよ ! そんなことより、今どこにいるの ? 』
『檜原湖です。ここから磐梯山が良く見えるんです』
『まさか君、湖に身を投げるなんてこと・・・? 』
『心配しないで、磐梯山を見ていたら気持ちが落ち着いたみたいなの。明日から出社しますので、みなさんによろしくお伝え下さい』
次の休みに玲子を捜そうとしていただけに予想もしてなかった玲子の電話に克己はほっと安堵した。
彼は石井先輩に玲子からの電話の内容を伝えた。
『僕もほっとしたよ。彼女が出社したら余り気を使わせないようにみんなに伝えておくから。君も普段通りに務めるように。それがなによりの彼女のためなのだから』
『無論、そのつもりです』
玲子からの電話に克己は自分の会社の窮状のことも忘れて浮き浮きした気分で仕事に励んでいた。
翌日、玲子に会える嬉しさもあってか、彼はいつもより三十分早く出社した。
未だ九時前で、館内は消灯されていて暗かったが事務室の明かりが彼の目に入ってきた。
彼が事務室のドアを開けると玲子が部屋を掃除していた。
『おはよう、玲子さん !』
『おはようございます。いろいろ、ご心配おかけしました。今日から、いつも通りに働きますのでよろしくお願いします』
『こちらこそ、よろしく!』
『始めに断っておきますが、以前の私は死んだのです。今後は、あなたとは仕事以外でのお付き合いはしませんから』
『君がそう望むならそうしよう。』
そのとき、突然ドアが開き石井先輩が入ってきた。
『玲子ちゃん、いたんだ。市川君も・・・それじゃ』
石井先輩は、気を利かせて出ていこうとした。
『先輩、そう言わずに玲子さんと久しぶりに話しをして下さいよ。それじゃ、僕は機械の仕業点検があるのでこれで失礼します』
朝の朝礼が行われ並木部長が多田玲子の復帰をみんなに伝えた。
『みなさんにご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。今後は今まで以上に頑張って働きますのでよろしくお願いします』
みんなが盛んに拍手を送った。
『差し迫った目前の歳暮シーズンのノルマ達成にみなさん一致協力して頑張って欲しい。 それじゃ、今日も頑張ろう !』
部長のかけ声に合わせて居並ぶ全員が合唱連呼した。
間もなく開店時間となり各売場は総立ちでお客様を迎える厳粛な空気に包まれた。
地下２階の売場にもエスカレーターやエレベーターから降り立ったお客がやって来た。
写真売場にも、フィルム、電池、アルバムの購入やＤＰＥ依頼の一般客以外にデパート従業員のＤＰＥ依頼も数多く持ち込まれて克己は忙しく働いている。
『市川さんのブースの今月の残高明細書をここに置きます』
玲子がそう事務的に言って書類をカウンターに置くと踵を返して事務室に戻っていった。
玲子が立ち去った後、その様子を見ていたブライダルサロンの山田係員は克己の背中越しに声をかけた。
『玲子さん何だかよそよそしくて、人が変わったみたいね』
『僕は鈍感だから全然気が付かなかった』
『是非紹介したい女性がいるのだけれど、市川君さえよかったら会ってみる気ある?』
『僕は結構ですから、他の人に話を薦めて下さい』
『お兄さんにピッタリだと思ったんだけれど・・・悪いけれど玲子さんは見込みなさそうよ』
『ご配慮ありがとうございます。僕、急ぎのフィルムの現像があるものですから・・・』
『ごめんなさい。お仕事中断させて、じゃ、またね』
彼女が立ち去って間もなく、印鑑を扱うブースの方で異変が起こった。
中年女性客が新人店員に抗議している。
『あたしは、この印鑑代税込み１３６５０円なので二万円支払ったのよ。なのにお釣りが１３５０円とはどういうことよ』
『お客様からお預かりした金額は１５０００円でしたが・・』
『いえ、あたしは確かに二万円渡しました。あなた、あたしが嘘言っているとでも言うの。不愉快だわ、責任者呼んで頂戴 !』
一報を受けた多田玲子がすぐにやって来て応対した。
『お客様、大変申し訳ありませんでした。お客様、どうぞこちらへどうぞ』
恭しく、玲子は中村代理のいる応接室に女性を案内した。
中村代理と玲子は、お客の中年女性に頭を下げた。
『お客様に不愉快な思いをさせて申し訳ございませんでした。こちら差額の五千円をお返しします。二度とこのようなことがないよう従業員にはきつく申し渡しますので・・・』
『あたしも、つい行き過て怒鳴ったりして・・』
中村代理と玲子は頭を下げてその女性客を恭しく見送っていた。
その後、中村代理は印鑑ブースに行き応対した係員に話しをした。
『お客様から代金をお預かりするときは必ずお客様の目の前で声を出して金額を確認してからレジスターに打ち込むように。二度とこのようなことがないように気を付けて欲しい』
『ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした』
そう言って新人店員は意気消沈して上司を見送っていた。
（ 僕も他人ごとではないな。他山の石として肝に銘じなくちゃ・・）
克己が気を取り直して仕事に取りかかり始めようとしたとき石井先輩がやって来た。
『市川君のブースの今月の売り上げ表を見せてもらったが、あまり良くなかったね。改善策として僕が各階の売場の従業員や外商部の人にフィルム売ってくるから品物用意しておいて欲しい』
『先輩、すみません。とりあえずここにあるフィルム全部持っていって下さい。不足分は明日までに用意しておきますから』
『それじゃ、ここのフィルム全部売ってくるからね』
石井先輩は、張り切って克己から渡されたフィルムの入った手提げを持って各売場に出かけていった。
克己は再び自動現像機の操作をしてフィルムの現像処理に追われていた。
丁度その時、デスクの内線電話が鳴った。
『もしもし、ＤＰＥ売場ですが・・・』
『交換台です。只今、外線にお繋ぎします。・・・・・・本社の淳子です。明日、社長と専務がそちらに伺いますから・・・』
to be continued 次回後編につづく by かっちん
小説に登場する登場人物並びにデパート及び会社名はすべてフィクションです。
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デ パ ー ト 冬 物 語
後 編
市川克己の所属する本社の社長と専務が来る当日を迎えた。
彼はいつもの時間に出社し普段と変わらずにいつも通りの仕事に励んでいるが頭の片隅ではこの日を特別な日と心得ていた。
彼が自動現像機の操作をしていると石井先輩がにこにこしてやって来た。
『おはよう。昨日預かったフィルム全部売れたからね。代金は玲子ちゃんの事務所にあるから後で受け取って入金しておいて欲しい』
『先輩お疲れさまでした。先輩、強引に押し売りしたんじゃないですか?』
『ハハハ、分かるかね。スッポンの石井様と云われる位だから売れるまで相手から離れないからね』
そう言うなり、先輩はいつものように張り切って持ち場に戻って行った。
それから暫くして、多田玲子が市川克己の本社の社長と専務を連れてやって来た。
『市川さん、あなたの会社の社長さんと専務さんをお連れしました。大事なお話があるようでしたら応接室をお使い下さい。私が店番してますから』
『あらためて挨拶します・・・・私、金田と云います。こちらが専務の加藤です。市川が日頃お世話になっております』
社長は恭しく玲子に挨拶した。
『お言葉に甘えて、それじゃ留守番お願いします。私用で応接室を借りるわけにもいきませんので私たちはそちらのレストランにおりますので何かあったら呼んで下さい』
三人はレストランに入ると社長はコーヒーを注文しながら市川に用件を切り出した。
『おおよその話しは田中淳子くんから聴いていると思うが、この長引く不況で取引先債権が回収出来ずに倒産寸前に追い込まれたんだ。』
克己は黙って聴いていた。すると専務が代わって話し始めた。
『市川君が独立してここの売場を経営していってくれないか?』
『つまり僕が会社を辞めてここのＤＰＥ売場の売り上げから諸々の経費を差し引いた利益で生活をせよということですか?』
『そう云うことだが、会社が倒産して路頭に迷うよりましだと思うが 』
『お言葉ですが、ここのＤＰＥ売場も不況の影響で売り上げが相当落ちています。経費を差し引くと今までの給料の半分以下です。とても生活出来ません』
『社長は、よその業者にＤＰＥ売場を取られたくないので無理を承知で君に懇願して頼んでいるわけだ』
克己は深い溜息と共に絶句した。
『君に無理強いは出来ないから、よく考えて後は君が今の職場を引き受けるか、それとも失業保険を貰いながら新しい職場を探すかは君次第だ』
社長が専務の話を遮って話し出した。
『話しは以上だが、よく考えて結論を出して欲しい。あまり長くなると店番をしている彼女に悪いからこの辺できりあげよう』
克己は二人に会釈すると席を立ち玲子の留守番する売場に戻って行った。
『玲子さん、留守番ありがとう』
『早かったんですね。もっとゆっくりしてくればよかったのに』
玲子は克己の浮かない表情を敏感に感じ取っていた。
『留守中、お客様からお預かりしたフィルムのＤＰＥ袋をそこに置いてありますからお願いします』
克己は玲子の透き通った瞳を見つめている。
彼女は一瞬戸惑った表情をして、はにかんだ心をかき消すかのように軽く会釈するとあわてて事務室に戻って行った。
彼は留守中に溜まったフィルムの現像処理に取りかかった。
今日はこのデパートの友の会の開催日で多数の会員女性客がレディースクラブのブース前に詰めかけていた。
彼のＤＰＥ売場にデパートのバッヂを胸に付けた体格の良い男がやって来た。
『僕、宣伝部の志田です。今、来月の新聞折り込みチラシに使う写真を撮影しているのだけれど、このフィルム急いで現像してくれないか』
『わかりました。直ぐ現像しますから後で立ち寄って下さい』
『来週から一階ブティックブースと二階婦人服売場がリニュ-アルされるので、その写真も撮影しているのだが、君も一緒に手伝ってくれるとありがたいのだが』
『ご覧のように、ここの売場は僕一人なものでここを空けるわけには行かないのですよ。でも、留守番を頼んで出来るだけ協力させてもらいます』
『僕の方が悪かったね。暇なときにでも手伝ってくれると嬉しいよ』
夕方近く、彼が再び克己のいる売場に現れた。
『先程のフィルムの現像出来ているかい?』
『はい、仕上がっています。こちらです』
『ありがとう。代金は宣伝部宛の売掛としてツケにしてくれ』
『一応、この伝票にサインして下さい』
『君、市川君と云ったね。閉店後、契約スタジオでチラシに使うモデル撮影があるのだけれど、よかったら君も来てみないか ?』
『えぇ、行ってみます。それじゃ、閉店後、通用口で待ってます』
閉店後、克己は待ち合わせ場所の社員通用口で彼に連れられて市内の写真スタジオに向かった。
スタジオに到着すると、カメラマンが新聞折り込みチラシ用の衣装を着たモデル達を撮影していた。
『皆さん、お疲れさま。こちら僕のアシスタントを務める写真売場の市川君です。よろしく』
カメラマンやモデルたちが彼に挨拶した。五人のモデルのひとりの増田聡美が彼に声をかけた。
『あたし増田聡美と云います。あなたとはどこかでお目に掛かったたような気がするのですが』
『すみません。僕、覚えていないのですが』
『確か、銀座の宝石店であなたをお見かけしましたが。この指輪、そこで買ったのです。あなた、銀凰堂の方でしょ?』
『想い出しました。僕、そこの社員ですが今こちらのデパートの写真売場に派遣社員として勤務しています』
『なんだ、君たち知り合いだったのか !』
志田が驚いた顔をしながら克己たちに声をかけた。
その後、克己はカメラマンによるモデル撮影を興味深く眺めていた。
翌日、克己はいつものように出勤し機械を操作してお客から預かったフィルムのプリント処理に励んでいた。
お歳暮シーズンたけなわで八階のお歳暮ギフトコーナーと地下の食品売場では、多数のお客で賑わっていた。
克己のもとへ ブラダルサロンの山田係員がやって来た。
『今、小耳にはさんだんだけれど婦人服売場で万引き不審者がうろついていて、こちらに向かっているとのことよ』
万引き不審者は『お得意さまのご来店』のデパート隠語で私服の警備員に連絡され監視されることになっている。
デパート内では相手に気づかれずに黙って監視するより対処できない。
相手に居直られて逆に名誉毀損で訴えられる危険があるからだ。
警備員は不審者がデパートの外に出た時点で相手を問い詰めることになる。
突然、山田係員は押し黙ると彼に目配せの合図を送った。
克己は彼女の指し示す方向を見ると、手提げ袋を抱えた中年の女性客がおり、その後を私服の警備員が尾行している。 その女性は目をキョロキョロさせながら売場を行き来している。
間もなく、その女性はエスカレーターに乗り上の階に向かった。
その後を私服の警備員の男女のペアが距離を空けて尾行していった。
その後の経緯について彼は興味があったが容易に想像がついた。
気を取り直して、彼が再び機械操作をしていると背後から突然声をかけられた。
『大至急、このフィルム現像して頂戴』
彼が振り返るとなんと本社の田中淳子だった。
『君のセリフ頭に染み込んだよ。ところで、今日は何の用事だい?』
『決まっているでしょ。昨日、社長と専務に会ったでしょ、それであなたの答えを聞きに来たのよ』
『社長か専務に僕の決意を聴いて来いと云われたのかい ?』
『そうじゃないわ・・あたし個人の興味で来たまでよ』
『僕のことより、君こそ会社が倒産したらどうする気なんだ?』
『そうね、あたしは女だから素敵な人見つけてお嫁に行くわ』
淳子と克己が会話しているところへ、玲子が書類を持って現れた。
『新しい売掛帳を持ってきましたので、ここに置きます』
『あら、玲子さんじゃないの ! お久しぶりです。』
『淳子さん、お目にかかれて嬉しいです』
淳子の挨拶を交わす表面の笑顔の奥に嫉妬の炎が燃えているのを彼は知る由もなかった。
ちょうどそこへ昨日、写真スタジオで出逢ったモデルの増田聡美が現れた。
『こんにちは、市川さん。昨日は楽しかったわ !』
『いゃ、どうも・・・・』
淳子と玲子はそれぞれ彼女に視線を向けている。
その後、淳子は玲子に目配せの合図を送った。
『玲子さん、社員食堂へ案内してくださる?』
そう言うと、淳子は玲子を連れていそいそとその場を立ち去った。
途中、淳子が振り返りながら冷たい視線を彼の方に向けていた。
彼は運命のいたずらに頭を掻いていた。
克己の胸中は、この職場を引き受けるか、それとも新しい職に就くかの決断に大きく揺れていた。
デパート春物語に つづく Copyright by かっちん
小説に登場する登場人物並びにデパート及び会社名はすべてフィクションです。
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